2006/04/18

実家に行き…

先日、実家に行った。

考えてみれば、まだムスコも実家に連れて行っていなかったし(なかなか外に連れ出せなかったし)、実家近辺の八重桜もいい具合に咲いているらしいし、ついでに実家(もとい実家で借りている倉庫)にしまいこんでいる様々なモノたちを持って帰ろうと思っていたし…。

ちなみにchannel5の実家は板橋区。
そういえば、近い割にはなかなか顔を出していなかった。

というわけで、今回は、ムスコを "新車" に乗せて連れて行く…。

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2004/12/06

どうでもいいきっかけ

しばらくご無沙汰していた "回想の198X年" シリーズ。

ひょんなコトから、昨日のエントリーで、自分が音楽を始めたきっかけ(って言っても大したコトないけれど)を書いたので、今回は続編。

今までマトモに書いたコト無かった、"サックスを始めたきっかけ" でも書き綴ってみようかと。
まぁ、コレも大いに大したコト無くて、言ってしまえばホントにどうでもいいきっかけだったんだけれども(笑)。

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2004/12/05

Re: 15年半前の手紙(2)

※先ほどのエントリーの続編。こちらから先にお読みください…。

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Re: 15年半前の手紙(1)

人間の縁って、いったい何なんだろう。
ここ最近、人間の縁の神秘性を感じることがよくある。

たとえば、我が "愛弟子"…。
どうも、この愛弟子。私と不思議な巡り合わせがある。
私自身が知らないところで、実は私にかかわる場所、人物、事柄と大きく関係していたらしい。
"某音楽教室" のハナシだったり、共通の知人であったり…。

その最たるモノが、愛弟子の大学時代の同期だろう。
愛弟子は、その同期の友人に公私共に世話になっていたらしい。
"自分の人生に大きな影響を与えたヒトの一人" と言っていた。

以前から、ハナシはちょこちょこと聞いていた。
聞けば、そのヒトは私の実家の近所に住んでいて、年は同じで…、というくらいだったのだが。

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2004/11/17

きっかけが必要

そもそも、1年近く前に始まった、このBlog "追憶の200X年"
コレを書こうと思ったのには、ちゃぁんと理由がありました。

ソレは、"現在起こっている、その日その日の出来事をちりばめながら、自身のコレまでを、幼少期からゆっくりと振り返っていこう" というモノ。

でも、実際は核心に迫ろうとすると、いつも書けずに、その後長い休眠期間をはさんで再度復活するといった具合。
きっかけが無かったのです。きっかけが。

でも、どうやらそのきっかけが見つかったようで…。

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2004/11/08

欠落する共通認識

既に、何度ともなく書いている通り、私は 10代の大半を海外で過ごしてきているわけで…。
今では、もう帰国して11年も経過しているので、さすがに落ち着きつつはあるけれども、タマに自分の海外生活の長さを実感させられるコトが。
ソレは、同年代の友人・知人と話をしたときに、ふとしたきっかけで出てくるモノ。
たとえば、 "昔流行ったTVドラマや漫画"、あるいは "当時ホットだった話題"など。

"あの時テレビで×××ってやってたよね" とか、"△△△~? うわ~っ、懐かしい" というフレーズが出てきても、自分にとっては "?" だったりすることもしばしば。
ソレは、その時期に日本にいなかったから。周囲が等しく体験しているであろうコトを全く体験していない自分がいるコトに気付かされる瞬間。

そんなコトを思い出していたときに、ふらりとのぞいたBlog。

1974年のブルース

"正統派「オレ様」キャラよりの連想  『のだめカンタービレ』よりつれづれに" より。

ところで、こういうキャラ(クター)分類って、ある程度の共通年代同士だと説明不要な定義だと思うのですが、これも日本のポップ・カルチャー独自の産物なのでしょうか?

たとえば、

「あのひとは『ルパン』でいうと次元だから(色仕掛け通じないよ)」

「ああ、うんうんそうそうw(実は不二子のこと嫌いじゃないよねー)」

全部指示語で成り立っている会話体の例として、これはありなのでは。

意味が交錯してる可能性も大だけど、支障なく会話は成立。なによりそれが大事だから、ノー・プロブレム。聞き返すほうが、手間がかかって面倒。古い日本語でいえば、野暮。

そう、野暮なんだけど、どうしても聞き返さざるを得ない自分がいたりする。
で、何もわからない(つまり共通認識を持っていない)私に、ゼロから解説しているうちに場はシラケて…。
そんな経験は帰国後、一度や二度ではなかった気がする。ちょっと淋しさと、自分の生い立ちを強烈に意識する瞬間。

特に、その半分を海外で過ごしていた1980年代については、かなり欠落しているものが多い。
つまり、小学生の頃の話題。今でもかなり知らないコトだらけ。

※ソレでも私は、海外にいながらある程度、当時の日本の様子を知っていたらしく、日本での学生時代、親友に"お前、実はアメリカじゃなくて、米軍基地かどっかにいたんだろ(笑)。" と言われたコトをふと思い出した…(笑)。

あっ、でも90年代前半もかなり怪しいな(爆)。

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2004/11/02

アメリカで、育った、日本人。

ちょっと思い出したので、私が毎日さりげなく読ませていただいているBlogをご紹介…。

アメリカで、日本人を、育てる。

です。

既に、ココでも何度ともなく書いているわけですが、私は自分の10代の80%以上を、海外で過ごしたコトになりました。半分はインドネシアで、半分はアメリカ。
この "アメリカで、日本人を、育てる。" に登場するのは、2歳&5歳のお子様。二人ともアメリカ生まれで、東京都板橋区高島平出身の私とは、まるで背景が違っていたりするのですが…。

ちなみに、この前の東京国際映画祭。稲垣吾郎氏のスピーチに笑ってしまいました。

「グッドイブニング!アイム・フロム・イタバシ(東京都板橋区)タカシマダイラ(高島平)3丁目」

私は4丁目でした…(爆)。

さて、ハナシを戻して、この "アメリカで、日本人を、育てる。" ですが、多少生まれた背景は違っていても(しつこい)、何かと自分の過去とシンクロするところが多くあったりして、とても懐かしさをおぼえるのです。

たとえば、dish washer

多くのアメリカの家庭には必ずといっていいほどありました。もちろんウチにも。
そんな小さなディテールにも、色々と回想してしまうのです。

そういえば、もしウチがアメリカに住んでいた当時、こういったBlogのようなモノがもしあったら。
そして、母親が、色々とエントリーを残していたとしたら…。
どんなコトになっていたんだろうなぁ。

ちなみに母親は、滞在中英語はほとんどしゃべれませんでした。
だから、私と弟は二人して、外に出れば常に自分だけで物事を解決する必要に迫られました。
父親はほとんど家にいなかったし…。

母は、5年の長きにわたって、何を思い、何を考えていたのだろうか…。

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